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閉鎖的環境 [犯罪・事故・防犯]




東日本大震災が起こり、福島で原発事故が発生したときのことです。


気象庁だったか文科省だったか忘れましたが、その省庁で把握できている放射能に関するデータを公表しない理由について、職員が「これは確実なデータではない。公表すれば誤解され、パニックを誘発する」という趣旨のことを言っていました。


問題提起したいのは、この職員及び省庁は、そのデータを公表するかどうかを判断するのに適切な機関だったのか、ということです。


日本では(外国でもそうかもしれませんが)、一般に公開されていない情報を把握した側は、とたんにその他の人々を下に見始める。
というような傾向があるように思えるのですが、僕の偏見でしょうか?


似たようなことが、大津の中学校で起きた事件でもいえます。


恐喝が疑われる、あるいは明らかな暴力があり、犯罪行為が疑われるにも関わらず、身内だけで判断し、外部への情報公開を閉ざした。


学校にしても市教委にしても、犯罪の有無を判断する機関ではありません。



もう1つ。

人を殺せば殺人です。

では、人を死に追いやること、それ自体はどうなのか?


「人を殺しても罪に問われない方法」は、推理作家でなくても考えられるのかもしれません。


ともかく、閉鎖的な空間というのは、歪みやすいといういい例ではないでしょうか。集団が閉鎖的になればなるほど、自由度がなければないほど、淀みやすい。

スタンフォードの監獄実験もそうかもしれないし、敗戦直後の日本においても見られた。
日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)

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  • 作者: 山本 七平
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2004/03/10
  • メディア: 新書



閉鎖された環境というのは恐ろしいものです。



さて、福島にしても大津にしても、問題は、その場に存在していた。
しかし、何よりも悪かったのは、監督する立場である側の方だった。

悲劇が上塗りされるいい例です。


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